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「親と子の絆」が生んだ未来型百貨店「シンプソン・ピカデリー」

DAKSの歴史を語る上で欠かせないのが、1936年にオープンした「シンプソン・ピカデリー」。
これは、ロンドン・ピカデリーサーカスに、当時ロンドン市内でファッショントレンドを発信する最先端の百貨店として脚光を浴びた華麗なストアの名前です。

今回の英国情報では、120年の歴史の中で、DAKSが躍進するきっかけとなったこの「シンプソン・ピカデリー」についてご紹介致します。

<DAKS TOPを発明した偉才、アレクザンダー・シンプソン>
DAKSの創業者、シメオン・シンプソンには2人の息子がいました。長男はレオナルド・シンプソン、そして次男のアレクザンダー・シンプソン(通称"アレック")です。この次男のアレックが、DAKS120年の歴史を語る上で欠かせない存在になります。

1932年にシメオンが亡くなった後、家業を継ぐことになったのが次男のアレックです。 実は、彼は15歳から家業に参加し、父の厳しい修行を受けます。シメオンは、実の息子といえども決して特別扱いをしなかったといいます。

 


創業者シメオン・シンプソン

シメオンの次男・アレクザンダー・シンプソン

そんなアレックが英国ファッション史において歴史的な人物となるきっかけになったのが、1934年のベルトレススラックス「DAKS TOP」の発明です。この発明は、それまで欠かすことが出来なかったサスペンダーの必要性をなくし、当時の英国紳士のスラックススタイルに大きな変化をもたらしました。
まさにこの発明は、紳士服のファッション史において革命的な出来事だったのです。
この画期的な商品を開発した彼が次に考えなければならなかったのが"販売"。如何にこの素晴らしい商品を売るか、これがアレックの事業家としての課題であり、そこで誕生したのが「シンプソン・ピカデリー」でした。


DAKS本店のアーカイブルームに保管されている1934年当時のDAKS TOP。
ウエストサイズが調整可能なボタンとウエスト内の内側に縫い付けられたゴムパッドによって、画期的なベルトレス・スラックス「DAKS TOP」が誕生した。


 
カラーバリエーションを打ち出す広告 1934年製「DAKS TOP」のレーベル。
スラックスの内側〔ポケット部分〕に縫い付けられている


<未来型ストア、「シンプソン・ピカデリー」のオープン>

アレックが1934年に考案した「DAKS TOP」と名付けられたベルトレススラックスは、売り出してすぐに英国の紳士服史上最大のヒットとなり、ゴルフ、テニス、クリケットといった英国の人気スポーツのプロ選手もこぞって着用するようになりました。「DAKS TOP」はスポーツ界での「常識」となったのです。同年2月、ロンドン西部のホワイト・シティで行われていた、英国のファッション業界人にとって最も重要な展示会「BIF」(英国工業博覧会)でも、この画期的なスラックスは存在感を示します。この年のBIFでは「DAKS TOP」は他のどのブランドよりも大きな展示スペースを獲得でき、英国展示会史上初となるファッションショーが行われるほど、会場の話題を独占しました。

そんな中、1935年3月、ロンドンのウエスト・エンドの中でも一等地であるピカデリー沿いに土地を確保します。正面はピカデリーストリートに面し、裏側は英国紳士服の聖地であるジャーミンストリートに面している、まさにロンドンでファッションを売るにはこれ以上望めないロケーションでした。

1年後の1936年4月29日、「シンプソン・ピカデリー」は、アレックの天才的なファッション性に、先代のシメオンから伝わるクオリティが加味された店として産声を上げます。外見も近隣の他の建物とは違い、誰が見ても時代の先を行くモダンさのある、名実共に未来型百貨店と呼ばれるにふさわしい「シンプソン・ピカデリー」がオープンしました。

1936年のオープン時のシンプソン・ピカデリー周辺。
当時も今もロンドンのウエスト・エンドで最も華麗な通り。他のビルとは違った、一際モダンさを感じさせる建物


当時としては斬新な鉄骨作り、各フロアには、床から天井まで伸びた窓に、無色透明のガラスがはめ込まれ、店内には自然光が差し込む設計となっていました。

開店初日は、政治家、芸能人、アーティスト、スポーツ選手といったセレブリティに加え、シメオンの代から「SIMPSON」("DAKS"ブランドが誕生する前に、シメオンが販売していた商品のブランド名)の商品を扱う代理店のスタッフなど、大勢の人達が招待され、大々的なセレモニーが行われました。


<「革新」と「原点」:こだわりにこだわり抜かれた店内>
アレックは、自社製品の「ショーウィンドウ」となるようなロンドンで最高のメンズストアを目指し、ジョセフ・エンバートン(Joseph Emberton)のデザインによる革新的なアイディアも取り入れ、このシンプソン・ピカデリーを当時における最先端の建築物にしたいと考えていました。

この革新的なアイディアの一つが、ピカデリー及びジャーミンストリート側、それぞれに設置されたショーウィンドウで、当時の英国ファッションの最先端を発信するものといっても過言ではない素晴らしいものでした。

例えば、ゴルフをテーマにしたカジュアルで楽しいディスプレイ、最新の紳士フォーマル・コレクションが隙間なく飾られた斬新なディスプレイ等は、いつも道行く人々の目を奪うほどのものでした。

「他とは違うDAKS」、「DAKSこそ唯一の活動を快適に出来るフラノスラックス」といったキャッチコピーと共にショーウィンドウを飾った「DAKS TOP」。
1930年代、スーツが15シリングで買えた時代に、「DAKS TOP」は30シリングの価格で売り出され、爆発的なヒットとなった

シンプソン・ピカデリーのウィンドウディスプレイ。
当時、ウィンドウディスプレイにこれほど力を入れた企業は少なかった為、常に注目されロンドン市内でも話題となった。

また、このウィンドウディスプレイには工夫がなされます。
アレックは、日中の太陽光、また夜間の街灯などの光がウィンドウに反射し、中に展示してある商品が見え難くなることにも対応し、ウィンドウガラスを湾曲型にし、その問題を解決しました。この技術や、ウィンドウを美しいまま見せるというこの方法は、当時どの店でも考慮されていた部分ではなく、まさに「シンプソン・ピカデリー」がその先駆けでした。

最上階の7階からはピカデリー、ジャーミン両方の通りが一望できるほど当時としては最大級の高さを持ち、店内のどのフロアにもこれまでのファッションには見られなかった鮮やかな色彩を設け、開放感溢れる環境を作り上げました。赤の床、鮮やか過ぎるほどのスカイブルー、またはエメラルドグリーンの明るい戸棚等が並べられ、グレー、黒、ダークブルーといった、それまでの紳士服の常識的な色味を無視するかのようなカラフルな商品群も目を引きました。店内は、どこを見てもそれらの鮮やかな色調が、広々とした贅沢な店内を交錯していました。

売場の構成は、1階の帽子やドレッシングガウンを皮切りに、2階は各種コート、3階はスーツ、そして4階のスポーツ・コーナーを経て、5階にはフォーマル売場、そしてアレックが他のどの売場よりもこだわりを持ち考えつくされたであろう、創業者シメオンの出発点である「ビスポークテイラーコーナー」からなるものでした。

左:シンプソン・ピカデリーは建築としての斬新さも話題になった。7階まである90フィートの窓ガラスや中央階段を照らし出す電灯など、当時としては珍しい構造だった。
右:シンプルな商品棚とライトの組み合わせが近未来的だった。天井が高く、ゆったりとした空間。ロンドンでも最も贅沢なファッションビルだった。

左:開店当時の店内写真。メタル素材(クロムメッキ)の壁に色とりどりのディスプレイが施され、当時としては非常にモダンな空間。紳士・淑女の社交場でもあった。
右:16席の理髪店。身だしなみはもちろん、当時、紳士にとって理髪店は社交場としても重要な場所だった。

アレックには、この店をDAKSの広告塔にしようという意図がありました。実際に、6階には3機の模型飛行機を展示して、訪れるお客を驚かせるなど、話題には事欠かない空間を作り上げました。こうした店作りは、これまでに「人が見たことがないもの」を創るのが大好きなアレックの得意分野であり、巨大な模型飛行機も含め、大きな窓、明るい色調、スペースたっぷりのモダンな店内といった「シンプソン・ピカデリー」の視覚的な演出に当時の人々は感嘆しました。まさに天才2代目の面目躍如というべきストアだったのです。このストアはまさに、独創的な建築と設備でユニークの極みといえる空間が創造されたものでした。


スラックスで英国空軍の飛行機を表現。こういった斬新なアイディアがウィンドウを飾った

しかし、演出はあくまでも演出。この「シンプソン・ピカデリー」が本当に誇るべきは、父シメオンの精神を確実に受け継いだという点です。店内にはビスポークカッター12名、トリマー、トラウザー・カッターら8名を配置したビスポークテイラーコーナーが設けられ、DAKSのクオリティ・ファースト(品質第一)の精神の象徴として位置づけられました。まさに、父と子、2人が築いた「価値観」でオープンさせたストアであり、未来へ目を向けた革新を追い求める中で、決してブランドの原点、こだわり、そして精神を忘れなかったのがこのアレックでした。

創業者一族の名である「SIMPSON(シンプソン)」は、こうしてロンドン随一のファッション・ストアの名前として知られ、この店の誕生と共に、DAKSはその後120年もの間人々に信頼され、愛されるブランドとして生き続けることになります。


<「伝統」と「革新」を受け継ぐ>
120年を経てもなお、シメオンとアレックのモノづくりへのこだわりは受け継がれています。 DAKSは古くから、原料、素材、そして縫製工場にいたるまで徹底的に厳選し、顧客ニーズに応えるため、常に、着心地の良い、高品質な商品開発を続けております。

これからのDAKSは、創業当時から受け継がれたブランドポリシー「Quality First(品質第一)」を守りながら、磨きぬかれてきた歴史と伝統に新たな風を吹き込み、いつの時代も、世代そして性別を超えて愛されるブランドであり続ける為に日々取り組んでまいります。

DAKSのクリエイティブ・ダイレクターのFilippo Scuffi(フィリッポ・スクフィ)の言葉を最後に付け加えると、「リラックスして伝統を楽しむことが今の時代のエレガンスの本質。ユーモアがないと新しい伝統も作れない」。伝統があるからこそ生まれる革新、革新を続けるからこそ継承される伝統。過去のアーカイブ(資料)を紐解きながら伝統と革新を巧みに融合させ、ユーモアとウィットに富んだクオリティの高いコレクションを発信し続けることがDAKSの永遠のテーマです。

2014年春夏のDAKS紳士・婦人服カタログの表紙は、DAKS本店のアーカイブルームにある「シンプソン・ピカデリー」のスケッチを参考にし、2014年春夏企画のイメージの一つとして描かれたデザインが採用されています。このカタログに掲載されている商品は、素材、縫製、そして一つ一つのディテールへのこだわりが凝縮されたものです。


シンプソン・ピカデリーのスケッチ。2014年春夏の企画資料として、当時のスケッチをもとに描かれ、春夏紳士・婦人服カタログの表紙デザインの参考にもなった

2014年春夏紳士・婦人服カタログ表紙。シンプソン・ピカデリーのスケッチを参考にデザイン

婦人カタログ:http://www.daks-japan.com/womenswear/catalog/2014sswomens.html
紳士カタログ:http://www.daks-japan.com/menswear/catalog/2014ssmens.html


今回の英国情報では、DAKS120年の歴史を語る上でも重要な「シンプソン・ピカデリー」に焦点をあて、DAKSが今なおこだわる「伝統」と「革新」をご紹介してまいりました。DAKS本店がオールド・ボンド・ストリート(Old Bond Street)に移った今も、古きよき伝統、つまり「Quality First(品質第一)」の精神を守りながら、次世代に向けた新しい商品、お客様に満足頂ける商品をご提案してまいりたいと思います。


【英国情報に関する問い合わせ先】
三共生興株式会社内 ジャパン・ダックス・シンプソン事務局 TEL:06-6268-5375